花人列伝 佃季尾子

 昭和2年(1927)、鳥取県鳥取市に生まれる。生家はカメラ店であった。昭和21年、小原流入門。昭和26年より小原豊雲三世家元に師事。造形作品の制作助手を務める。昭和29年より『小原流挿花』編集部に在籍。昭和44年より小原流研究院指導員。昭和54年より小原流研究院助教授。

 昭和38年、外務省派遣のいけばな使節としてタイ、インド、スリランカ、フィリピン、パキスタン、台湾を訪問。昭和49年、同使節としてソビエト、ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、ユーゴスラビアを訪問。昭和57年、国際交流基金によりエジプト、ケニア、マダガスカル、ベルギーに派遣される。平成2年、同基金によりブラジル、ベネズエラ、ドミニカ、キューバに派遣。平成6年、同基金によりニカラグア、ウルグアイ、アルゼンチンに派遣。いけばなを通じた国際交流に貢献した。

 昭和30年から37年にかけて、読売新聞社主催「いけばな芸術展」に3回入賞。昭和51年から昭和58年にかけて、重田一景、東海林寿男とともに、東京・有楽町の交通会館ギャラリーで「三人三容三作」展を開催。昭和60年から平成5年にかけて、朝日新聞社主催「いけばな女流作家50人展」に出品。

 昭和62年、個展「遊」を東京と長野の3会場で開催。平成5年、作品集『遊』を毎日新聞社より出版。平成12年、パリ市日本文化会館で作品展「遊」を開催。

 70歳から本格的にカメラを始め、植物の造形美や鏡に映る自然のうつろいを写真作品として発表。作品集『遊』として出版した。

 令和元年6月逝去。享年92。

復元を終えて

佃季尾子先生と言えば箒草、箒草と言えば佃先生。

個展の作品をお手伝いさせていただいた私に、紙やすりで丁寧に下ごしらえをし、竹串と木工ボンドで細かい所を留めていく手技を教えてくださった。

今回、作品集から、「宇宙」の復元を選んだが、7月から3か月、手が壊れるほど没頭したが、先生の細かい手技に及ばないことを知った。

先生はアクリルを使った作品もたくさん残された。

御存命であれば、アクリルと箒草の作品を合体した、進化系作品も残したであろうと、製作させていただいた。

作品を作る楽しさを教えてくださった佃先生に、感謝を込めて、捧ぐ。

伊藤庭花

復元作品

小原豊雲 小原夏樹 工藤光洲

工藤光園 平光波 五島泰雲 

工藤和彦 東海林寿男 佃季尾子 古作厚子

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